Index ?Top 我が名は絶望――

第4節 追い付いて?


 ディスペアは、地面についた跡を辿っていた。
 薄暗い針葉樹の森。広葉樹の森に比べて、邪魔な下草や潅木は少なく歩きやすい。そこには、人間の通った痕跡がはっきりと残っている。
「ねえ。こっちでいいの?」
 後ろをついてくるミストが、不信そうに訊いてきた。
 森の中で人間が歩いた痕跡を辿るというのは、ある程度の経験がいる。ディスペアにとっては難なくできるが、ミストには不可能に等しい。痕跡を辿っていても、あてずっぽうな方向に歩いているようにしか見えないのだろう。
 だが、ディスペアは断言した。
「フェレンゼがここを通ったのは、間違いない」
「何で分かるの?」
 ミストが訊いてくる。
 ディスペアは地面や下草、周りに生えている細い潅木を指差した。
「人間が森の中を歩いた場合、細心の注意を払っていない限り、必ず跡が残るものだ。不自然な地面の凹みや、折れた潅木の枝、曲がった草など――。ここには、そんな跡がいくつも見られる」
「ふーん」
 頷きながら、ミストは周囲の地面を見回す。失くし物を探すような眼差し。言われたようなもの――自然にはできない、不自然な痕跡を探しているのだろう。
 肩越しにその姿を眺めながら、ディスペアは告げた。
「やめておけ。お前じゃ無理だ」
「うぅ……」
 ミストは悔しそうに唸る。
 が、気を取り直して、森の奥に目を向けた。どちらを見ても変わらない風景。背の高い木々がどこまでも続いている。森に慣れた玄人でも迂闊に入り込めば、二度と帰れなくなってしまうだろう。
「でも、フェレンゼ博士って、どこに向かってるんだろ?」
「クロウ・ガンドの発掘隊を追っているようだ」
 正面に目を戻し、ディスペアは答えた。
 背後から、緊張の気配が伝わってくる。
「どういうこと?」
 囁くミストに目を向けてから、ディスペアは言った。地面を指差して、
「ここにある痕跡は二種類。沢山の人間が歩いた少し古い跡と、一人の人間が歩いた真新しい跡だ。新しい方はフェレンゼ――。古い方は誰だか分からないが、こんな森の中を歩いている人間たちといえば、この森の奥に向かったクロウ・ガンドの発掘隊と考えるのが自然だろう」
「……あ、そう」
 ミストは考え込むような間を置いてから、再び訊いてきた。
「でも何で、そのフェレンゼ博士は、発掘隊を追ってるの?」
「俺に訊かれても分からない。理由はフェレンゼしか知らないからな。理由を知りたければ、フェレンゼに直接訊け……ん」
 ディスペアは足を止める。
 いきなり止まったせいで、ミストが背中にぶつかった。足元が少し揺れるが、体勢は崩さない。乾いた唇を舌で湿らせる。
「何なのよ、急に……!」
 不満げにミストが声をかけてきた。鼻を押さえているのか、声がくぐもっている。
「戦いだ」
 答えて、ディスペアは森の奥に目を凝らした。
 視線を向けた先からは、殺気が流れてきている。誰かが森の奥で戦っているらしい。殺気は次第に大きくなっていた。近づいているようである。
 それを証明するように、視線の先から誰かが走ってきた。
「誰、なの?」
 警戒するように呟きながら、ミストが呪符を取り出す。
 ディスペアは何も言わず、身動きもせずに、走ってくる相手を見つめていた。自分の方へ近づいてくるその姿には、見覚えがある。
 ほどなくして、相手は目の前までやってきた。
「久しぶりだな。フェレンゼ」
 感慨もなく、声をかける。
「ディスペア君……。変わっていませんね、君は……」
 足を止め、フェレンゼは肩で息をしながら苦笑いを浮かべた。
 二十代後半の背の高い男である。背中まで伸ばした金髪、端正で涼しげな顔立ちで、丸い銀縁眼鏡をかけている。着ているものは、丈の長い青色の服だ。その中には、色々な武器が仕込まれているのが分かる。
「この人が、フェレンゼ博士?」
 ミストの驚いたような呟き。
 ディスペアは既にフェレンゼから目を離していた。正面には深緑の服を着た男女が四人佇んでいる。フェレンゼを追ってきたらしい。全員が抜き身の剣を持っていた。
 四人は、ディスペアとミストに警戒の眼差しを向けている。
「誰だ、こいつら?」
 訊くと、フェレンゼは乱れた呼吸を整えながら言ってきた。
「説明は後です……ディスペア君。とりあえず、何とかして下さい……」
「そうか」
 ディスペアは音もなく走り出す。
 それを迎え撃つように、四人が動いた。右端の男が呪符を取り出し、左から二番目の女が呪文を唱え、残りの男二人が剣を構えて突進してくる。
「魔道士二人に、戦士が二人か」
 ディスペアは相手の構成を把握した。

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