Index ?Top ?我が名は絶望――

第5節 フルゲイトの在処


「実戦は、一ヶ月ぶりだな」
 始めの相手は、剣を持った赤毛の男である。反りのある剣を構え、素早く斬りかかってくる。太刀筋は悪くない。それなりの使い手らしい。が、甘い。
 自分めがけて振り下ろされる剣の柄を、ディスペアは苦もなく左手で掴んだ。それで動きが止まる。そのまま滑るように踏み込み、相手の胸に右の掌を当てた。
 一見しただけでは、触れたようにしか見えなかっただろう。しかし。
「………ぐあ!」
 赤毛の男は数メートルも吹き飛び、背中から木に激突する。鈍い音を立てて跳ね返り、地面に転がった。それで、動かなくなる。気絶したらしい。
 それを見て、もう一人の金髪の男が表情を硬くした。動きが止まる。
 ディスペアはその場にいる全員に目を向けた。
「これは、自らの重心ごと掌打を叩きつける、特殊な打撃法だ。見た目はどうということもないが、威力は見ての通りだ。食らえば、ひとたまりもない」
 忠告するように言って、足元から枯れ枝を拾い上げる。接近戦は危険と分かったはずだ。となると、次の攻撃は――
「爆炎弾!」
 右端の短い黒髪の男がかざした呪符から、一抱えほどの赤い火球が撃ち放たれる。名前通りの、攻撃系の呪符魔法だ。火球は何かとの接触を引き金に、爆発を起こす。直撃すれば命はないだろう。
 飛び来る火球に向けて、ディスペアは枯れ枝を投げつけた。枝に当たった火球が、爆発を起こす。赤い炎と熱風が弾け、魔法を放った相手の姿が隠れ――
 ディスペアは目を瞑って、眼前の炎へと走った。いかに高熱の炎だろうと、ほんの僅かな時間で熱を伝えることはできない。焼けつくような熱気を無視して炎を突っ切る。目を開けると、目の前には新たな呪符を取り出す男の姿があった。
「な!」
 次の魔法を放とうとする前に、みぞおちに拳を打ち込まれ、声もなく崩れる。
 終わった相手は無視して、ディスペアは身を翻した。身にまとった漆黒のマントと長い銀髪が、揺れる。視線の先には、呪文を唱える茶色の癖毛の女。
(呪文魔法――呪文を媒介とする、構成型の魔法。媒介が声ということもあり、道具を用いず発動させることができる。しかし、魔法の難度が呪文の長さに比例していて、呪文を唱え間違えれば魔法は発動しない……か)
「ブラス――」
 呪文は最後まで続かなかった。
 踏み込みとともにディスペアが伸ばした右手の人差し指と中指が、相手の喉に突き刺さる。声が出せなければ、呪文魔法は放つことができない。それどころか、喉の急所を貫かれては、呼吸すらままならない。
 喉を押さえながら、女はよろけるように後退するが。
 それより早く放たれたディスペアの左の掌底が、相手の顎を打ち上げた。伸び上がるようにのけぞり、仰向けに倒れる。脳震盪を起こしたのだろう。女は、倒れたまま動かなくなった。
 瞬く間に仲間を倒され、残った金髪の男は大きな動揺を見せる。
「くっ」
 判断は迅速だった。呻き声ひとつを残して逃げ出す。勝ち目がないことを悟ったのだろう。見ているうちに、金髪の男は木々の陰に消えた。
 ディスペアはミストとフェレンゼに向き直り、
「終わったぞ」
「相変わらずの強さですね。助かりました」
 周囲に倒れ伏した男たちを眺めながら、フェレンゼが感心したように呟いている。ミストは声も出せないようだった。
 ディスペアはフェレンゼに視線を向ける。倒した三人を示し、
「これは、どういうことだ?」
「説明は歩きながらにします。時間がありません」
 そう言うと、フェレンゼは一人で歩き出した。さっき金髪の男が逃げていった方向である。同じく、その前にフェレンゼが走ってきた方向でもある。
「やけに急いでいるな」
 マントを揺らし、ディスペアは後に続いた。
 取り出したままの呪符を懐に収め、ミストも追ってくる。


 凹凸のある地面を歩きながら、ディスペアは右を歩くフェレンゼに目を向けた。前に会った時と変わらぬ姿。前置きなしに、尋ねる。
「それで、フェレンゼ。何で俺を呼んだんだ? 俺に何を頼みたい?」
「と、その前に――」
 フェレンゼは話を遮るように右手を上げた。人差し指で眼鏡を動かしてから、ディスペアを挟んで反対側を歩いているミストに、その指を向ける。
「誰ですか? 彼女は」
「あたし?」
 自分を指差し、ミストは強い口調で答えた。
「あたしはミスト。呪符魔法を扱う剣士よ!」
「そうですか」
 素気なく言うと、フェレンゼはミストから目を離して、ディスペアに視線を移した。以前と変わらぬ涼しげな眼差し。そこから何を考えているかを読み取ることはできない。
「では、なぜ君と一緒にいるんです?」
 ディスペアは一度視線を上げてから、
「俺の雇い主だ。お前の目的を話したら、一緒に来ると言った」
「僕の……目的?」
 怪訝な顔をするフェレンゼ。
 それに答えたのはミストだった。フェレンゼを見つめ、ぐっと拳を握り締める。
「フェレンゼ博士は、フルゲイトを探しに来たんでしょ? あたしも、フルゲイトを探してるの。だから、こうしてディスペアについてきたのよ!」
「違います」
 フェレンゼは静かに呟いた。その顔には淡い緊張が浮かんでいる。フェレンゼがこのような表情を見せるのは、珍しいことだった。何か、深い事情があるらしい。
 かぶりを振って、繰り返す。
「違いますよ――。僕はフルゲイトを探しに来たのではありません。僕は、フルゲイトを探すのを止めに来たんです」
「止めに、って?」
 きょとんと、ミストが瞬きをした。
「クロウ・ガンドの発掘隊がフルゲイトを探しに、この森の奥に向かっていることは知っていますね?」
「知ってるわよ」
 なぜか堂々と、ミストが腰に手を当てる。
 ミストが答えたので、ディスペアは何も言わなかった。自分たちは、クロウの発掘隊を追っているだろうフェレンゼを追いかけていたのだ。
 フェレンゼが視線を向けてくる。
「ディスペア君。協会で渡された地図は持っていますか」
「ああ」
 言われた通りに、ディスペアは懐から地図を取り出した。白い紙に鉛筆で描かれた地図である。カッサム大森林の奥に目印が記されていた。フェレンゼに来るように指示された場所であり、今自分たちが向かっている場所でもある。
 フェレンゼはきっぱりと呟いた。
「クロウの発掘隊は、そこに向かっています」
「……ここって、何があるの?」
 地図の×印を示し、恐る恐る問いかけるミスト。口元に曖昧な笑みを浮かべて、
「もしかして、フルゲイト?」

Back Top Next